気まぐれな管理人による雑文サイト。Web小説「Rebirth」連載中 (笑)

「血は水より濃い」って、とても都合のいい言葉だ

2018年6月6日  2018年6月6日 
今日は非常にネガティブなお話。
そういう内容がお嫌いな方は、ブラウザーバックで切にお願い申し上げます。



詳しく書くことは控えるが……
とある出来事がきっかけで、うちの家族は、母方の親族から一方的に縁を切られた。
震災前の年のことだから、かれこれ丸8年ぐらいになる。
いっさいの行き来もなければ、連絡を取ることもなかった。
唯一コネクションが残された叔母さんから、祖母の話を又聞きするぐらいだった。

ある日、叔母さんから母に連絡があったらしい。
「お母さん(=わたしの祖母)が『和解したい』って話している」そうな。
親戚一同で顔を合わせて話し合いたいから、一度顔を出して欲しいとのことだった。
察するに、親戚同士でトラブルが勃発しのだろう。

――どうしようか?

そんな相談を母から受けた。
#母は大事な相談事を、父より先に、わたしに持ちかける癖がある σ(^◇^;)

うがった見方をしてはいけないけれども。
齢(よわい)80を超えた祖母が「終活」に不安を感じたことによる申し出だろう。
端から祖母に対する憤りの感情はないので、こちらは何に対して「和解」すれば良いのか。
律儀な母は、祖母から「家の敷居をまたぐな」と言われたとおりにしていただけの話だ。
父方の祖母の介護も抱えている以上、多くのことはしてあげられない。

一方的に縁を切っておいて、自分が窮地に立たされたら復縁を願い出る。
さすがの母も「自分の親ながら、なんだか情けなくなる」と、本音をこぼしていた。
事実、世の中そんな虫のいい話はない(父が聞いたら激怒するに違いない)

わたしは……と言うと、不自然なほど穏やかな気分だ。
祖母に対する憤りや恨み辛みの感情は(たぶん)皆無なんじゃないかな。
よく面倒をみて貰ったし、とても大好きな「ばあちゃん」だった。
縁を切られる前みたいに和気藹々と接することができれば、それに越したことはない。

あの日以来、祖母は死んだものと思って、心のどこかで諦めを付けていた部分がある。
だから、これほどまでに穏やかな気分でいられるのだろう。
丸八年も会わなかった人の存在は、道ですれ違う他人よりも薄い。
大好きだった「ばあちゃん」は、今や赤の他人以下の存在になってしまったのか。

「血は水より濃い」なんて諺(ことわざ)は嘘っぱちで、都合のいい言い訳だと思う。
わたしにとっては「覆水盆に返らず」の方が、よっぽど真実味がある。

そんな冷め切った自分の心が、なんだか恨めしい。


あとがき
雨が降ってます。


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bell(@bellstown21
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